マヨラナ質量とレプトン数非保存

ニュートリノの質量のタイプには3種類ある(図1)。クォークや電子やミューオンといった荷電レプトンはディラック方程式に従い、ディラック質量を持つ。ディラック粒子はスピンの方向2成分と粒子反粒子の2成分で計4成分をもつ。ニュートリノに質量がないとすると右巻きと左巻きの世界が完全に分離した2成分のワイル方程式に従うワイル粒子になる。このときパリティを破るのでニュートリノの提唱者のパウリは信じなかったといわれているが、実際にはパリティの破れが発見され、その後ニュートリノは2成分と考えられるようになった。


図 1 : ニュートリノ質量のタイプ

さて粒子の質量にはディラック質量以外に粒子と反粒子を繋ぐマヨラナ質量があり得る。もし粒子がマヨラナ質量だけを持てば粒子と反粒子は進行方向に対するスピンの向きだけで決まり、質量によって粒子と反粒子が行き来出来る。質量項が粒子と反粒子の結合から来ているという意味では粒子と反粒子が同じである粒子であるといえる。さてマヨラナ質量のような不思議な質量があって良いのだろうか。物理学者が考えた仮想の世界で自然なものはディラック質量だけではないかとの疑問を感じるかもしれない。しかし実はマヨラナ質量こそより一般的で最も自然な質量といえるのである。

スピン1/2のフェルミ粒子について質量は例えば
LaTeX:$$ m_D \overline{\nu_R} \nu_L $$
のようにカイラリティの左巻きの粒子の消滅と右巻きの粒子の生成で記述できる(尚軽い粒子の世界にはカイラル対称性があって、質量項がカイラル対称性を破ることからハドロンの世界では多様な様相が現れる(KN実験の項参照))。このことは質量が存在すれば如何に早く飛ぶ粒子でもそれより早い座標系が存在し、その座標系から見るとスピンの向きが進行方向に対して逆転する。つまりカイラリティの変化が起こることに対応している。これは相対論だけから来るので、例えば左巻きの粒子だけでも質量項を作ることができる。これは
LaTeX:$$ m_L \overline{(\nu_L)^c} \nu_L$$
といった項である。ここでは同じ左巻きの粒子の生成消滅を考えているが、一方は荷電共役の反粒子であるために、進行方向のスピンの成分として定義されるカイラリティは逆転している。よって相対論の立場からは質量そのものである。もちろんこの項を考えた段階で粒子数の保存則は破っているが、保存するという必然性はどこにもないことにも注意しておこう。ところがこの項はクォークや荷電レプトンでは禁止されてしまう。粒子と反粒子を繋ぐ項は電荷の保存則がその存在を許さないのである。この項の存在は電気的に中性のニュートリノだけに許されている。

さて更に何が自然かを考えていこう。現在までの弱い相互作用の研究でニュートリノは左巻きの粒子だけがはっきりあるとわかっている(その反粒子は右巻きである)。一方で右巻きの粒子は今のところどこにも現れていない。ニュートリノが質量をもつとするとそれはクォークや荷電レプトン(電子、ミューオンやタウ粒子)のようにディラック質量である考えることは自然であろう。そうなると当然右巻きのニュートリノが存在することになる。現代物理学では質量項はヒッグス場との湯川結合で生成されていて
LaTeX:$$f_\nu \langle \phi \rangle \overline{\nu_L} \nu_R$$
の様にヒッグス場の期待値が質量に対応する形になっている。この場合他のクォークや荷電レプトンに比較してニュートリノだけが極端に小さい質量を持つ理由の説明がつかない。この自然な説明がニュートリノはディラック質量と同時にマヨラナ質量も存在する考えることで与えられる。現実にはニュートリノだけが右巻き粒子がないがむしろそれは非常に重いためと考えればよいだろう。そして左巻きの質量は実質的に0ともいえるほど小さいとしてよいだろう。この右巻きと左巻きで質量が異なるシナリオは右巻きだけ、或いは左巻きだけの粒子と反粒子で質量を作ることの出来るマヨラナ質量を考えることによって可能になる。ディラック質量の場合は右巻きと左巻きが結合することで質量項が形成されるので右巻きと左巻きで違う質量になる理由がどこにもない。ディラック質量は他のクォークや荷電レプトンと余り変わらないと考え、ニュートリノの場を対角化するとニュートリノの質量が右巻きのマヨラナ質量とディラック質量で
LaTeX:$$m_D^2/m_R$$
とかけるという関係が導かれる。これがシーソー機構と呼ばれているものである。いま右巻きのニュートリノのマヨラナ質量が非常に大きいのでニュートリノの質量が非常に小さいことが説明できる。式の導出をはしょったので証明にはなってないが、ニュートリノは非常に小さな質量を持ち、またそれはマヨラナ質量であることが最も自然な説明になっている。マヨラナ質量を調べることの出来る現在ほぼ唯一の方法と言えるのが2重ベータ崩壊の研究である。ニュートリノの研究をしている研究者の大部分がうまい実験が提案できるなら是非ともやってみたいと密かに思っているに違いのない研究なのである。


岸本研究室; 2004-04-12更新;