ニュートリノを放出しない2重ベータ崩壊の研究では非常に稀な現象を探すことになる。この研究のために大きく言って以下の3つ項目を満たす物質を選定して実験装置を作らなければならない。
さてGe検出器は現在我々が知っている限り最もエネルギー分解能の良い放射線検出器である。GeやSiの様な半導体検出器の中では電子正孔対が作られるがその生成に必要なエネルギーが低いほど大量の対を生成することが出来、高いエネルギー分解能が得られる。Geは対生成のエネルギーが最も低く、原理的に最も高いエネルギー分解能を達成出来る。Ge中には2重ベータ崩壊核である76Geが8 %弱含まれており、Ge検出器をバックグランドの少ない環境におくことで2の項目から言えばほぼ理想的な2重ベータ崩壊の検出器が製作できる。この特性を利用してハイデルベルグ大学とモスクワ大学を中心とするグループはGe検出器を用いる研究で世界をリードしてきた。Ge検出器は非常に一般的な検出器でどこにでもあるが、彼らが世界をリード出来たのには76Geを自然の存在比の十倍以上に濃縮したGeで検出器を作ったことによる。現在0.3 eV程度の感度に達しており、見つかったとの宣言も出しているが、実際のデータを見る限り証明したところまではまだ来ていないであろう。今後の研究を考えるときGeに追いつき追い越せるかが最大の焦点になる。
さて2重ベータ崩壊からニュートリノ質量を求めるには以下の関係を使う必要がある。
実験的に測定できるのは2重ベータ崩壊の寿命であるが、ニュートリノの質量に変換するには位相空間の体積(これはQ値の5乗に依存する)と原子核の核行列要素を知る必要がある。76GeのQ値は実は2.2 MeVと小さく、一方で48Caのそれは4.3 MeV と自然界に存在する2重ベータ崩壊核で最も大きい。残念ながら核行列要素は計算の技術の進んだ現在でも数倍のエラーが避けられないので見込みをつけることは難しいが、Q値の方は大きいほどニュートリノの質量に対する感度が向上し、この点から48Caは最も望ましい原子核である。
Q値が影響するもう一つの因子はバックグランドである。バックグランドはまず宇宙線であるが、これは最近の高度化された実験は地中深い実験室で行われるようになってきており、また除去の方法がほぼ確立してきているので対処できるようになって来た。自然界に存在する放射性同位元素から発生する放射線はこういった研究では最大のバックグランドになっている。自然界に存在するγ線で最大のエネルギーのものが208Tlがβ崩壊して208Pbとなって放出される2.6 MeVのγ線である。よってバックグランドの問題はQ値がこの値より大きいか小さいかで大きく変わってくる。
Geは現在世界で最も良い限界値を与えているが、実は既にバックグランドが見え始めている。式が示すようにニュートリノの質量の感度を一桁上げるには寿命の感度を2桁上げなければならない。このためには単純に考えれば検出器の物質量を二桁あげれば良いように思える。しかしバックグランドが見え始めるとそうではない。本物の信号よりバックグランドが多くなると、統計精度の問題があり、4桁増やす必要が出るのである。
48CaはQ値の大きさのメリットがあって我々の研究グループで行っている実験では装置の工夫を重ねた結果バックグランドは全くなく、48Caの2重ベータ崩壊で世界で最も良い感度を達成している。また当面のスケールアップではバックグランドが見えてこないと予想されることを確認している。48Caの最大の問題は自然の物質の中の存在比が0.187 %と極端に小さいことであり、更にCaの場合は効率的な同位元素の濃縮方法が知られてないことにある。よって項目1の点からは適当な原子核とは言えなかった。しかしCANDLES計画では大量の結晶を用意してその中から信号を取り出す工夫がされており、大量の物質を用意するうえでの問題点を解決している。Geに追いついて追い越すロードマップはCANDLES計画の中には明確に見えている。
もちろん世界の研究もストップしているわけではなく。現在のGeを超えるGeの次世代大型計画や、MoやTeを用いる実験が進行中ないし計画中である。よってうかうか出来ない。
ところで48Caの同位元素の濃縮が安価で大量に出来れば鬼に金棒で世界で他の追従を全く許さない研究が可能になるのでこの点からの調査も進めている。