現在進めている研究は大きく分けて以下の6つ程度にまとめられる。

(1)   二重ベータ崩壊の探索〔宇宙の物質の起源の解明〕

(2)   ダークマターの探索〔宇宙の質量の解明〕

(3)   中性子星でのK中間子凝縮とK中間子核相互作用〔中性子星の質量決定の機構の解明〕

(4)   ハイパー核(超原子核)とストレンジクォークまで一般化された核力〔どういった粒子が原子核を作れるのか〕

(5)   弱い相互作用によるストレンジネス(奇妙さ)の生成〔物質を転換する弱い相互作用と強い相互作用の関係〕

(6)   その他

原子核・素粒子物理学は加速器の発展と一緒に進んできたが、12はむしろそれを使わないいわゆる非加速器物理である。345は加速器を用いて自然界には存在しない粒子を作り出して研究を行っている。個人的には4月から核物理研究センター長も兼任することになったので、研究とマネージメントの両立も研究テーマである。

 

 

(1)  二重ベータ崩壊の探索〔宇宙の物質の起源の解明〕

現在の宇宙には物質だけが存在し、反物質は実質的に無い。宇宙初期は高温の粒子・反粒子のスープ状態だった。粒子と反粒子は対消滅するが、粒子が反粒子より100億分の1だけ多かったので現在の宇宙が出来上がっている。そこまでの微調整が最初からされていたとは考え難い。これを物理法則で説明するには2つの事を示す必要がある。1)粒子と反粒子は行き来できる(粒子数が保存しない)。2)粒子の世界と反粒子の世界の物理法則に微妙な差がある(CPの破れ)。粒子数の破れはニュートリノに表れる可能性が最も高く、二重ベータ崩壊の観測で証明できる。この場合ニュートリノはディラック粒子ではなく、マヨラナ粒子となる。マヨラナはフェルミをしてディラックやアインシュタインを超えてニュートンやガリレオと並ぶ天才と言わしめた程才能豊かであったが、31歳の時に失踪してその後足取りはつかめていない。(更に詳しく

この研究は現代物理学の多くの研究テーマの中でも最も重要なものだと思う。二重ベータ崩壊の研究で粒子数の保存則の破れが検証され、宇宙の物質生成が解明出来る。最近ニュートリノ振動が確認され、ニュートリノは質量をもつことがはっきりしたので、粒子数を破るマヨラナ質量の発見の可能性が高まった。我々の研究グループは運良くこういった研究を行う環境が整っている。我々は今の様に可能性が高まる前から研究を進めており、研究を進める上でのインフラストラクチャーが整っている。それは検出器だけではなく、それらを動作させる知識であり、また放射線バックグランドの素性に対する理解である。装置の開発や核行列要素の研究など多くの側面からの研究が多くのグループによって進められているが、実際の測定を行い、全ての段階における問題点を理解しているのは日本では我々のグループだけといえるだろう。現在建設して性能評価を行っている検出器は1グループで作れる限界に近く、次は一回り大きなコラボレーションを必要とする。我々は今まで奈良県大塔村のトンネルで実験してきたが、来年の適当な時期に神岡に装置を設置して実験を進める予定である。なお世界では既に更に大きな検出器が作られている。

 

(2)  宇宙のダークマターの探索〔宇宙の質量の解明〕

最近の多くの観測によって、宇宙には我々が知っている物質(原子核を構成する核子)はその質量のほんの数%を占めているだけであることが分かっている。つまり宇宙のほとんど(95%超)が未知の質量である。更に驚いた事にその内70%程度はダークエネルギーと呼ばれる現状の物理法則では理解できないものになっている。一方ダークマターと呼ばれている質量は20%を占めており、それは素粒子物理学の超対称性統一理論が予言する超対称性対粒子と考えられている。素性について想像がついているので、探索の方法がある。それは宇宙と漂う粒子と物質との非常に稀な散乱を観測することである。このためにはこういった微小な信号に感度を持つ検出器を開発する必要がある。装置の基本は二重ベータ崩壊の研究と共通の部分が多い。しかし検出器には個性がある。我々の装置は二重ベータ崩壊の研究を主に開発されているので、ダークマターの探索には幾つか改良を必要とする。現在それを進めている。

参考Supersymmetry 2010 talkから抜粋

1ダークマターの存在を示す観測

2宇宙元素合成と原子核が宇宙の質量の1部でしかない証拠

3現在の宇宙の質量の成分比

4ダークマターと物質の散乱

5世界の地下実験施設

6色んな測定方法と行われている実験の関係

7、8現在世界最高性能を上げるXENON実験

XMASS実験

10我々が進めてきたELEGANT VI実験(これをCANDLESに変えようとしている)

 

(3)  中性子星でのK中間子凝縮とK中間子核相互作用〔中性子星の質量決定の機構の解明〕

中性子星は一つの巨大原子核といえる。その密度が原子核の密度より高くなっていくと、フェルミ面がストレンジネスをもつ粒子の存在を許す様になっていく。このとき、ハイペロンとK中間子の可能性があるが、それを決めるのがハイペロン・原子核とK中間子・原子核の相互作用である。特にK中間子の場合はボー粒子であるので、凝縮できる。この可能性を探る研究を進めている。この研究で我々はK中間子を用いて研究を進めてきた。この実験の基本的な考え方は私が初めて提案したもので(PRL83,(99)4701)、当初はなかなか理解してもらえなかったが、最近は重要性が理解されていると思う。

現在はBNLKEKで行われた実験が一段落した所で、中性子星の中でK凝縮が起こる程引力が強いという結論が得られている(PTP118,(2007)181)。つまり中性子星の質量はK中間子が凝縮することで太陽質量の1.5倍を超えるものはブラックホールになってしまい、中性子星としては存在しないことになる。これは重要な帰結であるので、更に確実にする研究を検討中である。

 

(4)  ハイパー核(超原子核)とストレンジクォークまで一般化された核力

原子核を構成する粒子は陽子と中性子で総称して核子と呼ばれている。高エネルギーの加速器を用いる実験で、ストレンジネスをもつハイペロンと呼ばれる粒子群が発見されてきた。これらは結局核子と同じ仲間の粒子であることが判明してきた。同じ粒子であるからこそ原子核の中に入ってその構成要素となることが出来る。こういう粒子が入った原子核をハイパー核と呼んでいる。ハイパー核を生成し、その構造を調べることでどの様な相互作用をおこなっているかを調べている。

 

(5)  弱い相互作用によるストレンジネス(奇妙さ)の生成

ハイペロンは加速器で作らないといけないということは出来たらすぐ壊れることを意味している。その崩壊は弱い相互作用で起こるのだが、弱い相互作用の研究はこの分野でまだ十分進んでいない。それを研究するのに作ったあと壊れるのを待つのではなく、作ること自体を弱い相互作用で起こさせようという研究である。非常に難しい実験で現在は基礎的な実験要素の開発を行っている。現在は装置の開発に

 

(6)  その他

6-1.          SQA(Single quantum annihilation)の研究

陽電子は電子の反粒子で、電子と対消滅して自身の質量に対応するエネルギーである511keVのγ線を2本放出する。2本(以上)放出するのはエネルギー保存則と運動量保存則の両方を満たすために必然である。しかし、もし運動量保存則が原子核込みで満たされるなら、1022keVのγ線が1本だけ放出される事がありえる。4年生の卒業研究として2年間進めた結果、ひょっとしたらあるのではいう所まで来た。もう少し追求すると大きな発見になるかも知れない。