研究紹介

加速器グループ

J-PARC E10実験

未知の中性子過剰ラムダハイパー核を探索する

研究の概要

ラムダハイパー核とは?

原子核は複数の陽子と中性子(共にバリオンの一種)から出来ています。陽子と中性子は互いの間に働く強い引力により集合し、量子力学に従って運動しています。原子核を作る陽子と中性子の数の組み合わせにはある程度自由度があり、自然界には多くの種類の原子核が存在しています。またそれ以上に多くの種類の原子核を人工的に作り出すことも可能です。

一方、ハイパー核と呼ばれる別種の「原子核」を人工的に作り出すことも可能です。ハイパー核と原子核の違いは、ハイパー核の場合には陽子と中性子以外にハイペロンと呼ばれる種類のバリオンが含まれている点です。ハイペロンにはいくつか種類があり、ラムダ粒子(Λ)、シグマ粒子(Σ)、グザイ粒子(Ξ)、オメガ粒子(Ω)などの名前が付けられています。この中でもラムダ粒子は最も質量が軽く(陽子・中性子の質量の2割増し程度)一番安定なハイペロンで、ハイパー核を作る粒子として適しています。このラムダ粒子を含むハイパー核をラムダハイパー核と呼び、ハイパー核研究の中では最も研究が進んでいるものの、百年以上の歴史がある原子核の研究と比べるとまだまだ発展途上にあります。

ハイパー核研究の更なる推進:
中性子過剰ラムダハイパー核の生成に向けて

ラムダハイパー核研究の目的の一つはラムダ粒子と陽子・中性子の間に働く力を調べることです。ラムダハイパー核が存在するということはラムダ粒子と陽子・中性子の間には強い引力が働いていることを示しています(十分な引力が無いとラムダ粒子はすぐに原子核から逃げ出す)。更に詳細に力の性質を調べるためにはラムダハイパー核が励起した状態のエネルギーを精密に測定すればよいことが分かっています。近年、ラムダハイパー核の励起状態から放出されるガンマ線の精密なエネルギー測定が可能になり、ラムダ粒子と陽子・中性子のスピン(粒子が固有に持つ角運動量)の組み合わせ方の違いに依存する力の大きさについても情報が得られつつあります。

原子核の研究に比べラムダハイパー核ではまだ実現していないものとして、陽子過剰あるいは中性子過剰なラムダハイパー核の研究があります。そこで我々は、二重荷電交換反応と呼ばれるタイプのハドロン反応を用いることで、中性子過剰ラムダハイパー核の生成を試みる研究を推進しています。この二重荷電交換反応は、原子核中の2個の陽子を1個の中性子と1個のラムダ粒子に変換します。この反応により、原子核中の陽子数が減り中性子数が増えるため、中性子過剰ラムダハイパー核の生成が可能です。

J-PARC E10実験:
二重荷電交換反応を用いた中性子過剰ラムダハイパー核生成

実験的に有望と考えられる二重荷電交換反応には2種類あります。一つは負の電荷を持つパイ中間子(π-)を原子核と反応させ正の電荷を持つK中間子(K+)を生成するもので、もう一つは負の電荷を持つK中間子(K-)を原子核と反応させ正の電荷を持つパイ中間子(π+)を生成するものです。我々は前者の反応を用いた研究を提案しています。

我々の研究に使用するパイ中間子は、ハイペロン生成の際に余分なエネルギーが必要なため、1.2 GeV/cの高い運動量の粒子を用います(運動エネルギーで約1 GeV、これは陽子や中性子の静止質量Mをエネルギーに換算したMc2よりも大きい)。このようなパイ中間子は、自然界では一次宇宙線と地球大気上層部の原子・分子との反応で生成されるものがほんの少しある程度で、実験には利用できません。そこで実際の研究では、陽子を加速器で高いエネルギーまで加速し(例えば運動エネルギー30 GeV、つまり陽子や中性子の静止質量エネルギーの30倍以上)、その陽子を原子核に衝突させることで高い運動量のパイ中間子を生成します。

日本国内ではこのような方法でパイ中間子を生成できる施設が茨城県東海村にあり、大強度陽子加速器施設(Japan Proton Accelerator Complex、通称J-PARC)と呼ばれています。我々は、このJ-PARCにある加速器を利用し中性子過剰ラムダハイパー核を生成する研究提案としてJ-PARC E10と呼ばれる実験を実施しています(実験には提案された順にE01, E02, E03, … というように通し番号が付くのが通例)。

期待される研究成果:
ハイパー核の存在限界と中性子星中心部にある物質

陽子過剰あるいは中性子過剰な原子核の研究は近年活発に行われています。その一つの興味は原子核の存在限界を探ることにあります。この限界を超えると原子核から多過ぎる陽子や中性子が逃げ出します。中性子過剰ラムダハイパー核の研究でも、この存在限界の探索は大変興味あるテーマです。ラムダハイパー核では「ラムダハイペロンの糊的役割(glue-like role of Λ hyperon)」と呼ばれる効果があり、通常の原子核の存在限界を超えた中性子過剰ラムダハイパー核が生成できると考えられています。

また一方で、ハイパー核の研究は近年観測が進んでいるコンパクト天体の研究とも深い関係があります。コンパクト天体の代表例として中性子星があります。中性子星は主に中性子で出来ていると考えられ、巨大な中性子過剰な原子核と見なすことも可能です(従って原子核の研究と深い関係がある)。この中性子星の中心部では重力により非常に圧力が高くなり、一部の中性子が更にハイペロンに変化している可能性があります。従って中性子星の中心部は巨大な中性子過剰ハイパー核と呼んでもよいかも知れません。観測によりいくつかの中性子星の質量の情報が得られていますが、その大きさもまだ直接観測出来ていません。このような天体観測では直接調べられない中性子星の中心部の物質の性質を知る上で、中性子過剰ラムダハイパー核の研究を地上の実験室で行うことは意義があると考えています。

さらに詳しく

J-PARC E10 and E22 Experiment
http://wwwkm.phys.sci.osaka-u.ac.jp/j-parc-E10-E22/

実験施設

J-PARC (Japan Proton Accelerator Research Complex)
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